「タイのデザートといえば?」と聞かれて、真っ先に「マンゴースティッキーライス!」と答える方はきっと多いでしょう。もち米に甘いココナッツミルクをかけ、フレッシュなマンゴーを添える、あの絶妙なハーモニーは確かに絶品。しかし、もしあなたがタイの甘い世界をマンゴーだけで終わらせているなら、それはもったいない!
実は、タイには「カノム・ワン(ขนมหวาน)」と呼ばれる、信じられないほど多様で奥深い伝統デザートの世界が広がっています。「カノム」は「お菓子」、「ワン」は「甘い」を意味し、その名の通り、タイの人々の日常に深く根ざした甘味の宝庫なのです。ココナッツミルクをたっぷり使った温かいものから、まるで宝石のようにカラフルなゼリー菓子、はたまた素朴な揚げ菓子まで、その魅力は計り知れません。
この記事では、マンゴースティッキーライスという既成概念を一度脇に置き、知られざるタイの「カノム・ワン」の世界を徹底的に探求していきます。一口食べれば、きっとタイの奥深さに触れることができるはず。さあ、一緒に甘くて新しい発見の旅に出かけましょう!
「カノム・ワン」って何?タイ デザートの基本を深掘り
タイの街を歩けば、屋台や市場で色とりどりの甘い香りが漂ってきます。それがまさに「カノム・ワン」。文字通り「甘いお菓子」全般を指す言葉ですが、その背景にはタイの気候、豊富な食材、そして歴史的な文化交流が凝縮されています。
タイの食文化における「カノム・ワン」の歴史と位置づけ
タイのデザート文化は、その昔から周辺国、特にインド、中国、マレーシアなどからの影響を受けながら独自の発展を遂げてきました。元々は特別な儀式や仏教の供物として作られていたものが、やがて人々の日常に溶け込み、おやつとして親しまれるように。
「カノム」という言葉の語源には諸説ありますが、ペルシャ語の「ハニーム」(甘いもの)や、クメール語の「クノム」(小麦粉から作られたもの)に由来するという説が有力です。これは、タイの食文化が古くから周囲の地域と密接に関わり、多様な要素を取り入れてきた証拠ともいえるでしょう。
現代のタイでは、食後のデザートとしてだけでなく、小腹が空いた時や、友人・家族とのお茶の時間に、気軽に楽しむものとして「カノム・ワン」は欠かせない存在です。屋台では作りたての温かいデザートが提供され、市場では様々な種類の伝統菓子が並び、その土地の暮らしに溶け込んでいます。
ココナッツミルク、米粉、タピオカ…「カノム・ワン」を彩る主要食材
「カノム・ワン」の多様な風味と食感は、タイの豊かな自然が育んだ食材によって生み出されています。特に重要なのが以下の3つ。
- ココナッツミルク: タイデザートの王様ともいえる存在。濃厚なコクと優しい甘みが、数多くの「カノム・ワン」のベースとなっています。そのまま飲んだり、煮込んだり、揚げたりと、様々な調理法でその魅力を最大限に引き出します。新鮮なココナッツから絞りたてのミルクで作られたデザートは、格別の風味です。
- 米粉(もち米粉含む): 主食が米であるタイにおいて、米粉はデザート作りにも欠かせません。もち米粉は「カオニャオ・マムアン」のようなもちもちとした食感を生み出し、一般的な米粉は、蒸し菓子やゼリーのなめらかな舌触りを形作ります。その素朴な風味は、他の甘味とのバランスを調和させる重要な役割を担っています。
- タピオカ粉: 独特のプルプルとした食感や、透明感のある見た目を作り出すのに重宝されます。特にゼリー菓子や、粒状にして用いられる「タプティム・クロープ」のようなデザートでは、その食感が全体のアクセントとなります。
その他にも、タロイモ、サツマイモ、緑豆、パンダンリーフ(バイトゥーイ)、バタフライピー(アンチャン)、カボチャ、様々な果物などが、色や風味、栄養を添え、「カノム・ワン」の世界をより豊かにしています。特にパンダンリーフの爽やかな香りと美しい緑色、バタフライピーの鮮やかな青色は、天然着色料としてタイデザートには欠かせません。
マンゴーだけじゃない!知っておくべきタイの絶品「カノム・ワン」たち
それでは、いよいよマンゴースティッキーライス以外の「カノム・ワン」の世界へ足を踏み入れましょう。タイの街角で、あるいは専門店で出会える、珠玉のデザートたちをご紹介します。
温かさが体に染み渡る!ココナッツミルクベースの温かいデザート
熱帯のタイではありますが、温かいデザートは人々の心と体を癒す、お袋の味的な存在です。特に肌寒い季節や、夜の小腹満たしとして親しまれています。
カノム・モーケン (ขนมหม้อแกง): ココナッツカスタードケーキ タイの伝統的な焼き菓子で、まるでプリンのような、しっとりとしたココナッツカスタードケーキです。ココナッツミルク、卵、ヤシ砂糖、米粉をベースに、タロイモ、カボチャ、緑豆などを加えて焼き上げられます。上にはフライドオニオンが散らされていることが多く、その塩気と香ばしさが甘さを引き立てる、意外な組み合わせが特徴。ねっとりとした濃厚な食感と、優しい甘さが口いっぱいに広がり、一度食べたら忘れられない味です。アユタヤ地方の名物としても知られています。
ブアローイ (บัวลอย): カラフル白玉団子のココナッツミルク 「ブアローイ」は、米粉で作られたカラフルな小さな白玉団子を、温かいココナッツミルクでいただくデザートです。団子にはカボチャやタロイモ、パンダンリーフなどで色付けされ、見た目にも華やか。もちもちとした団子の食感と、濃厚でクリーミーなココナッツミルクの相性が抜群です。時に甘い卵の黄身のソース「カイワーン」が添えられることもあり、そのとろけるような甘さがさらに食欲をそそります。タイの家庭でもよく作られる、癒しのデザートです。
タオフアイ・ノムソット (เต้าฮวยนมสด): 豆乳プリンのココナッツミルクがけ これは中国系の影響を受けたデザートで、つるんとしたなめらかな豆乳プリンに、甘いココナッツミルクやシロップをかけていただきます。フルーツやタピオカ、砕いたピーナッツなどをトッピングすることもあり、さっぱりとした中に様々な食感と風味が楽しめます。暑い日には冷やして食べられることもありますが、温かいココナッツミルクで提供されることも多く、胃に優しく、どこか懐かしい味わいです。
鮮やかさにうっとり!魅惑のゼリー・もちもち菓子
タイのデザートは、その鮮やかな色彩も魅力の一つ。天然の素材から抽出された色合いは、まるで芸術品のように食卓を彩ります。
タプティム・クロープ (ทับทิมกรอบ): ルビー色のクワイ入りデザート 「タプティム」はルビー、「クロープ」はカリカリという意味。名前の通り、ザクロの種のように真っ赤で透明感のある見た目が美しいデザートです。クワイ(シログワイ)という野菜をカットし、タピオカ粉をまぶして茹でることで、外側はプルプル、中はシャキシャキとした独特の食感が生まれます。これを砕いた氷と甘いココナッツミルク、ジャスミン風味のシロップでいただきます。暑いタイで食べる「タプティム・クロープ」は、まさに至福のひとときです。
カノム・チャン (ขนมชั้น): 9層のゼリー菓子 「カノム・チャン」は、もち米粉やタピオカ粉、ココナッツミルクをベースに作られる、9層に積み重ねられたゼリー菓子です。「チャン」は「層」を意味し、その名の通り、一つ一つ丁寧に蒸し上げて層を重ねていきます。パンダンリーフで色付けされた緑色と、白いココナッツミルクの層が交互に現れ、見た目にも美しいのが特徴。タイでは「9」という数字は縁起が良いとされ、「昇進」や「繁栄」を意味すると言われています。プルプル、もちもちとした食感と、ココナッツの優しい甘さが特徴です。
カノム・クワイ (ขนมกล้วย): ココナッツミルクとタピオカ粉の蒸し菓子 バナナを意味する「クワイ」が入った、素朴で優しい味わいの蒸し菓子です。バナナとココナッツミルク、タピオカ粉、砂糖などを混ぜて蒸し上げたもので、もちもちとした食感が特徴。通常はバナナの葉で包んで蒸され、その香りが移ることで、さらに風味が豊かになります。屋台などで手軽に買えることも多く、タイ人の日常的なおやつとして親しまれています。
屋台で見つける、素朴で美味しい揚げ菓子・焼き菓子
タイの屋台文化は、その多様な「カノム・ワン」を支える重要な要素です。目の前で手際よく作られるデザートは、旅の思い出を一層深めてくれるでしょう。
カノム・クロック (ขนมครก): ココナッツパンケーキ タイの朝食やおやつとして非常に人気のある「カノム・クロック」。半球状の専用の鉄板で焼き上げる、小さなココナッツパンケーキです。外側はカリッと香ばしく、中はとろりとしたココナッツミルクのクリーム状。シンプルながらもココナッツの豊かな風味と優しい甘さが特徴です。コーンやタロイモ、ネギなどをトッピングすることもあり、塩気のあるものとの組み合わせもタイ流の楽しみ方です。
カオニャオ・マムアン (ข้าวเหนียวมะม่วง): マンゴースティッキーライス ここまで「マンゴーだけじゃない!」と力説してきましたが、やはりタイのデザート語る上で、このキング・オブ・デザートは外せません。完熟のマンゴーともち米、甘いココナッツミルクが織りなすハーモニーは、まさにタイの甘味の象徴です。旬の時期(乾季の終わりから雨季の初め、3月〜5月頃)には、ぜひ本場の屋台でその魅力を再確認してみてください。今回の旅では、これを基準点として、他の「カノム・ワン」との違いを味わってみましょう。
「カノム・ワン」の美味しさを最大限に楽しむコツ
せっかくタイの奥深い甘味の世界を知ったからには、その楽しみ方もマスターしたいですよね。
本場タイでの探し方:屋台、市場、専門店を巡る旅
タイを訪れたら、ぜひ街に出て「カノム・ワン」を探しに出かけましょう。
- ローカル市場 (タラート): 最も多くの種類の「カノム・ワン」に出会える場所です。早朝から開いている市場では、朝食やおやつ用の伝統菓子がずらりと並びます。地元の人が普段何を食べているのか、そのリアルな文化を体験できます。
- 屋台 (ロットケン): 夕方以降に賑わうナイトマーケットや、街角のいたるところに現れる屋台でも、作りたての温かいデザートや、持ち帰り用のゼリー菓子が手に入ります。特に「カノム・クロック」や「ブアローイ」などは、その場で調理される様子を見るのも楽しいものです。
- 専門店やカフェ: 近年では、伝統的な「カノム・ワン」をモダンにアレンジしたカフェや、特定の種類のデザートに特化した専門店も増えています。洗練された空間で、美しいプレゼンテーションのデザートを味わうのもおすすめです。
- フードコート: ショッピングモール内のフードコートでも、手軽に様々な種類の「カノム・ワン」を試すことができます。清潔でエアコンが効いているので、ゆっくり選びたい時に便利です。
購入する際は、指差しでOK。タイ語が話せなくても、笑顔とジェスチャーでコミュニケーションを取れば、温かく迎えてくれるでしょう。
自宅で挑戦!カノム・ワンを楽しむ簡単レシピのヒント
タイの味を日本でも楽しみたいという方もいるでしょう。意外と身近な材料で、いくつかの「カノム・ワン」は自宅でも作ることができます。
- 材料の調達: ココナッツミルク、もち米粉、タピオカ粉などは、日本のスーパーでも手に入ることが増えました。アジアン食材店に行けば、パンダンリーフのペーストや、バタフライピーの粉末なども見つかるかもしれません。
- 簡単な「ブアローイ」: 米粉と水を混ぜてカラフルな団子を作り、ココナッツミルクとヤシ砂糖で甘く煮込むだけで、本格的な味わいが楽しめます。天然の色付けには、抹茶粉やココアパウダー、ターメリックなどが使えます。
- 冷たい「タプティム・クロープ」: クワイの代わりにレンコンや大根を使うレシピもあります。食紅で色を付ければ、見た目も本場さながら。市販のココナッツミルク缶と砂糖でシロップを作れば、手軽にタイ気分を味わえます。
- カノム・クロック: 専用の鉄板がなくても、たこ焼き器やホットプレートの窪みを使えば、小さくて可愛らしいココナッツパンケーキが作れます。
手作りすることで、タイの食文化への理解がさらに深まり、異文化探求の喜びを感じられるでしょう。
タイの甘い文化:デザートから見えてくるタイ人の暮らしと心
「カノム・ワン」は単なるおやつではありません。そこにはタイの人々の信仰、歴史、そして地域ごとの多様な暮らしが映し出されています。
仏教行事とカノム・ワン:特別な意味を持つお菓子たち
タイは仏教国であり、デザートは仏教行事や祭り、儀式において重要な役割を果たしてきました。多くのお菓子には縁起の良い意味合いが込められています。
例えば、「カノム・チャン」(9層のゼリー)は前述の通り「昇進」や「繁栄」を意味し、功徳を積む(タンブン)際に寺院へのお供物として供されたり、結婚式や新築祝いなどのめでたい席で振る舞われたりします。また、金色のデザートは富と幸運を象徴し、古くから王室や貴族の間で珍重されてきました。これらはポルトガルからの影響を受けているとも言われており、タイの歴史の中で独自の進化を遂げてきたのです。
「カノム・ワン」を通じて、タイの人々が大切にする価値観や、祝い事、信仰の形を感じ取ることができます。甘い一口に込められた、深い意味を知ることで、デザートの味わいも一層深まることでしょう。
地域ごとの多様性:北と南で異なる甘味の世界
タイは南北に長く、地域によって気候や主要農産物、文化が異なります。そのため、「カノム・ワン」も地域によって独自の発展を遂げてきました。
- 北部 (チェンマイなど): 粘りのあるもち米が多く生産されるため、もち米を使ったデザートが豊富です。例えば、もち米をココナッツミルクで炊き、様々な具材と合わせてバナナの葉で包んだ「カオトム・マット」などが有名です。山岳地帯では、タロイモやカボチャを使った素朴な甘味が親しまれています。
- 東北部 (イサーン): こちらももち米文化が強く、甘さ控えめで素朴なデザートが多い傾向にあります。マンゴー以外の地元のフルーツを使ったデザートも豊富です。
- 南部 (プーケットなど): ココナッツの生産が盛んなため、ココナッツミルクをふんだんに使った濃厚なデザートが特徴です。「カノム・クロック」のようなココナッツパンケーキや、様々な種類のココナッツ菓子が多く見られます。海の幸が豊富なため、甘味との意外な組み合わせがある地域も。
このように、タイ国内を旅すれば、それぞれの地域でしか出会えない「カノム・ワン」の発見があり、その土地の風土や人々の暮らしをより深く感じることができるでしょう。
結論:タイの「カノム・ワン」が教えてくれる、食文化の奥深さ
いかがでしたでしょうか?タイのデザートは、マンゴースティッキーライスだけが全てではありません。ココナッツミルクの温かい優しさ、カラフルなゼリーの鮮やかさ、そして素朴な揚げ菓子の香ばしさ。これらは全て、「カノム・ワン」という広大な甘味の森の一部に過ぎません。
この探求の旅を通じて、あなたはタイの食文化に対する固定観念を打ち破り、その奥に隠された本質的な多様性と豊かさを発見できたはずです。食は文化の窓であり、その国の歴史、信仰、そして人々の暮らしを映し出す鏡。多様な「カノム・ワン」を知ることは、タイという国の本質をより深く理解することに繋がります。
次回のタイ旅行では、ぜひ勇気を出して、屋台の片隅で輝く見慣れない「カノム・ワン」に挑戦してみてください。あるいは、自宅でココナッツミルクともち米粉を使って、新しいタイの甘さに触れてみるのも良いでしょう。その一口が、あなたの日常に彩りと驚きをもたらし、タイへの愛をさらに深めてくれることを願っています。タイの甘さは、マンゴーの先にある。カノム・ワンが、あなたの常識を覆します!
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